著作:岡山盲学校 原 広三
作成:2002年8月

はじめに

 平成13年度に国の政策に基づき、全国各地の自治体において住民対象のIT講習会が実施された。筆者も岡山県立岡山盲学校の教員として、いくつかの視覚障害者対象のIT講習会の企画・運営に携わった。
 視覚障害者は「情報」障害者とも言われる。なぜなら、巷に溢れる情報の多くが視覚によって得られるものだからである。かつて書籍・新聞等は音声情報だけに頼る全盲の視覚障害者にとっては享受することができないものであった。点字あるいは朗読テープという手段があるが、点訳あるいは音訳された書物はごくわずかであり、読みたい書籍や雑誌を自由に読むことができるという環境ではない。特に毎日の新聞記事は全く点字では読むことができない。
 ところが、近年のIT(Information Technology=情報通信技術)の急速な発展により、パソコンを利用すれば全盲の人であっても墨字(すみじ=普通の文字のこと)の書籍や新聞も自由に音声化して読むことができるようになった。たとえば、簡単なキー操作により書籍の内容をスキャナで読みこんでテキストデータに変換して自動的に読み上げてくれるソフトがある。また、インターネットの利用により新聞記事の主なものは音声化ソフトで読み上げさせることができるようになった。また、電子メールを利用すれば晴眼者(せいがんしゃ=目が見える人)との間でもバリアフリーな状態でコミュニケーションをとることができるようになった。
 政府が進める国家的プロジェクトとしてのIT講習会は、すべての国民が自由にパソコンやインターネットを利用できるようにして、デジタルデバイド(情報格差)を解消するという目的がある。その対象は子どもから高齢者まですべての人たちであり、もちろん障害者もその中に含まれる。特に視覚障害者にとっては、上に述べたようにパソコンは情報障害を解消してくれる必需品である。これを使いこなせるようになることは、パソコンがなくても書籍や新聞を通して多くの情報を得ることができる晴眼者よりも必要度は高い。したがって、視覚障害者対象のIT講習会はデジタルデバイドの解消にとって大きな意義を持つ。そして、ITを活用することで視覚障害者の生涯学習の在り方は大きく変わってくるだろう。
 そこで本レポートにおいては、次のような順序で論を進める。
(1)視覚障害者の学習権の保障について法令や現状から考察し、情報障害とも言われる視覚障害者にとってのIT講習会の意義について明らかにする。
(2)筆者が関わった視覚障害者対象のIT講習会の実践を分析することによって、視覚障害者対象のIT講習会の問題点を取り上げる。
(3)視覚障害者対象IT講習会を実施する上での今後の課題について考察する。
(4)ITの活用による視覚障害者の学習支援の在り方について展望する。

Ⅰ 視覚障害者の学習権保障

 A 法令に見る障害者の学習権

 健常者に学習権があるのと同じく、障害者にも学習権は当然ある。障害がある故に学習権が保障されないことがあってはならない。このことは次のように日本国憲法及び教育基本法に述べられている通りである。

 日本国憲法第26条「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」

 教育基本法第3条「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであつて、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によつて、教育上差別されない。」

 障害者基本法第12条「国及び地方公共団体は、障害者がその年齢、能力並びに障害の種別及び程度に応じ、充分な教育が受けられるようにするため、教育の内容及び方法の改善及び充実を図る等必要な施策を講じなければならない。」

 上記の法令に使用されている「教育」という用語はもちろん学校教育だけに限定されるものではなく、広く社会教育も含む生涯にわたる教育を示しているのは言うまでもない。
 社会教育法第3条では「国及び地方公共団体は、この法律及び他の法令の定めるところにより、社会教育の奨励に必要な施設の設置及び運営、集会の開催、資料の作製、頒布その他の方法により、すべての国民があらゆる機会、あらゆる場所を利用して、自ら実際生活に即する文化的教養を高め得るような環境を醸成するように努めなければならない」と述べられており、ここでも障害者も含む「すべての国民」に社会教育を受ける権利が保障されている。
 以上、国内法から障害者の学習権について述べたが、国際法においては次のように規定されている。世界人権宣言(1948年)では「教育への権利」(Right to Education)として「すべての人は、教育への権利を有する」(第26条)ことを謳い、さらに「文化についての権利」(第27条)を明文化した。また、ユネスコの「学習権宣言」(1985年)では、「学習権は、人間の生存にとって不可欠な手段である」と述べられ、人間が生きていく上での最も重要な権利のひとつであるとされている。
 一方、岡山県においては岡山県障害者長期計画(注1)における重点施策の「Ⅱ 教育・育成」の「3 生涯学習の促進」として「障害者が、社会参加を果たすための活動の場や機会の充実」が挙げられている。
国内法、国際法、岡山県における計画という3つの観点から障害者の学習権について説明した。次に、行政がこれらの法令に基づいて障害者の学習権を保障する施策を実施しているかどうかについて述べる。

B 社会教育行政における障害者排除の思想

 戦前の日本の学校教育制度においては、視覚障害児の学ぶ盲学校は地方の篤志家による私立のものがほとんどであり義務教育ではなかった。その反面、社会教育の分野では文部省の普通学務局第4課(通称、社会教育課)では「盲唖教育及び特殊教育」を担当していた。このように「学校教育としては十分に組織化されていない『盲唖教育及び特殊教育』が社会教育として認識されていた」(注2)のである。
 しかし、戦後は盲学校や聾学校が義務化されたこととは反対に、社会教育行政からは障害児(者)への教育という視点が抜け落ちてしまった。「戦後制定された学校教育法に盲ろう養護学校を含む特殊教育が位置づけられたことに伴って、社会教育行政の視野から障害者が消えてしまっている」(注3)
 このことは教育政策全体の中で障害児(者)教育の占めるウエートの小ささを示している。というのは、戦前は社会教育で障害児(者)の教育をしていたから学校教育ではする必要はなく、また戦後は逆に学校教育で障害児(者)の教育をするから社会教育ではする必要はないという思想に基づいて教育政策が実施されていたと考えられるからである。
 しかし、障害児を学校教育の対象とだけしか考えないことは、学校卒業後の障害者の学習権を否定するものであり、それは先に述べたような法令の規定に反している。
 では、なぜ社会教育行政の対象から障害者を排除しているのだろうか。それは障害者に対する差別意識が行政の側にあるからだと思う。かつての日本の為政者には「障害者は教育しても意味がない。国家にとって役に立つ人材とはならない」というような差別観が存在していたし、現在でも根強く残っている。行政とは要するに何にお金をかけるかということである。貴重な予算を障害者のためにはできれば使いたくないという思想が根底にはあるのではないだろうか。もちろん、最近はノーマライゼーションおよびバリアフリーの思想が普及して、こういう思想は急速になくなりつつあることは認めたい。
 戦後制定された社会教育法等においては「すべての国民」の中の一人として障害者の学習権は保障されている。それにも関わらず、生涯学習の「環境を醸成する」という意味での障害者に対する社会教育行政は進展していない。
 愛知県障害者生涯学習研究会が1996年に実施した名古屋市における「身体障害者生涯学習要求調査」(回答者数994人)によると、社会教育施設の利用頻度について次のような結果が出ている。
「毎週利用する」    8.1%
「月1・2回利用する」 12.1%
「年数回利用する」   30.1%
「めったに利用しない」 35.4%   (無回答省略)
 社会教育施設を「めったに利用しない」「年数回利用する」と回答した障害者の割合を合わせると65.5%にもなる。逆に月1回以上利用するという障害者は20%ほどである。
 このように社会教育施設が日常的には多くの障害者にとって身近なものとはなっていない理由はどこにあるのだろうか。次に二つの参考文献から引用する。

 このように社会教育行政が、障害者の学習に対する援助を必ずしも積極的にすすめてきていない理由として、障害者の状況に対応できる社会教育施設の条件整備が不十分であることに加え、障害者の施策は社会福祉の分野であるといった行政の領域区分の意識が根強く残っている点が挙げられる。(注4)

 これまでの公民館活動において、障害をもつ人を対象とした取り組みは極めて少ないのが現状であり、〔中略〕 その主たる理由として、障害をもつ人に関わる事業等は、福祉施設・機関や福祉行政の分野であるといった認識が根強くあることなどがあげられるだろう。(注5)

 要するに、障害者の生涯学習支援は社会福祉行政の分野であり、社会教育行政の分野ではないと行政側ではとらえているということである。これは先に述べた障害者に対する差別意識とも関わって重要な問題である。障害者はあくまでも福祉の対象であり、自立した一人の人間として健常者と対等に学習する権利はもっていないということになる。
実際に視覚障害者にとって現在の公民館、図書館、博物館等の社会教育施設は交通アクセス、情報の利用、職員の対応等の面において非常に利用しにくいものとなっている。例えば公民館主催のIT講習会に全盲の視覚障害者が参加する時に、点字の資料や使用するソフトの面で十分な対応ができるとは現状では考えにくい。
 Ⅱで説明するように、岡山県においても視覚障害者対象の生涯学習に関する講座は視聴覚障害者福祉センター等の社会福祉施設において実施されており、一般の公民館や図書館等での実施はされていない。しかし、これでは地域で学習したいという視覚障害者の要求に応えることはできない。
先に紹介した名古屋市における「身体障害者生涯学習要求調査」によると、社会教育施設・社会教育行政への要望について次のようなものがあった。
「障害者が参加できるように送り迎えの条件を整えてほしい」  25.8%
「障害者向けの講座を増やしてほしい」  18.5%
「一般の講座に安心して参加できるよう条件を整備してほしい」  19.9%
「障害者に理解のある職員を配置してほしい」  18.0%      (主なものを抜粋)
 ここから読み取れるように、障害者も条件さえ整えば積極的に社会教育施設で学びたいと考えている。各自治体はこの期待に応えて、積極的に障害者の生涯学習を支援する環境を醸成しなければならない。

C 視覚障害者にとってのIT講習会の意義

 日本の視覚障害者人口は約30万人であり、岡山県の視覚障害者人口は約7千人である。「はじめに」で述べたように、視覚障害者は情報障害者とも言われ、晴眼者と比べて利用できる情報が少ない。我々が外界から得る情報の80%は目から得られるものであり、残りの20%は耳や皮膚などの感覚器官から得られると言われている。ということは全盲の視覚障害者は80%の情報が得られないということになり、その情報をどのように補うかが課題となる。例えば文字情報であれば、それを音声化して耳で聞こえる形にすること、あるいは点字にして指で触れて読むことができる形にすることができる。
 ここで視覚障害者の実態について厚生労働省による「平成13年身体障害児・者実態調査」(注6)から見てみたい。
 まず情報入手の状況であるが、次のような結果である。
  テレビ72.4% 家族・友人58.5% ラジオ55.5% 一般図書・新聞・雑誌25.9%
  自治体広報15.6% 録音・点字図書7.3% 携帯電話3.7% ホームページ・電子メール2.0%
 視覚障害者の情報源としては第一にテレビであるが、これは視覚障害者と言っても弱視の人たちが多いからだろう。全盲の人だけに限ればもっと少ない数字になると思う。もちろん全盲の人であっても自宅にテレビは置いているが、全盲の人たちにとってテレビのニュース等から得られる情報は晴眼者と比べれば格段に少ない。なぜなら、テレビから得られる情報は映像がほとんどであり、その映像についての音声ガイドは一部のドラマを除いてついていないからである。
 ラジオから情報を得ているというのは視覚障害者の特徴である。ラジオはテレビと違って音声だけの情報を伝えるものであるから、晴眼者とは全く同じ条件で聞いて楽しんだり情報を得たりすることができる。晴眼者と比べて視覚障害者は自宅でラジオをつけていることが多いので、視覚障害者対象の行事の案内はラジオで流してもらうのが広報活動としては効果がある。
 全盲の人たちにとって最も困るのが一般図書や新聞・雑誌などの活字メディアである。テレビはまだ音声である程度の情報を得ることができるが、墨字の本となると全盲の場合は全く読むことができない。しかし、いろいろな本や新聞から得られる情報というのは膨大なものがあり、これを享受することができない全盲の人たちのデジタルデバイド(情報格差)は大きい。これに代わるものは録音図書と点字図書であるが、その割合も7.3%と意外に少ない。これは視覚障害者の中で墨字を読むことができる弱視の占める割合が大きいことの他に、録音図書や点字図書となっているのは書籍全体から言えば、ほんの数%に過ぎないという現状を反映したものであろう。要するに、全盲の視覚障害者にとっては本を選択する自由はないと言ってよい。録音か点訳された本の中からしか選択することが許されない。
 さらに、点字に関しては次のことを付け加えておきたい。視覚障害者は点字を読むことができる人ばかりだという誤解が世間の人々にはある。点字の強烈なイメージのためであろう。しかし、視覚障害者のほとんどは弱視の人たちで墨字を読んでいる。全盲の人であっても点字の読み書きができるのはほんの一部の人たちなのである。厚生労働省による「平成13年身体障害児・者実態調査」では、視覚障害者で「点字ができる」と答えた者は32,000人(10.6%)であり、1級(全盲)の視覚障害者であっても「点字ができる」と回答した人は21.0%に過ぎない。つまり全盲の人であっても点字を読むことができるのは5人に1人しかいないということである。これでは点字がデジタルデバイド(情報格差)を小さくする手段とは十分になり得ていないと言える。なお、点字を読むことができる人が少ないという現状は、中途失明の視覚障害者の占める割合が増えているという理由によると考えられる。
 そこで、新しい情報入手の有効な手段として考えられるのがインターネットである。しかしながら、厚生労働省による「平成13年身体障害児・者実態調査」では、情報入手の手段として「ホームページ・電子メール」と回答した人は2.0%しかいない。また、パソコンの利用状況について「毎日利用する」と回答した人は3.3%、「たまに利用する」と回答した人は1.7%で合計しても「利用する」人は5.0%に過ぎない。さらに、パソコンを「ほとんど利用しない」または「全く利用しない」と答えた視覚障害者のうち、パソコン利用を希望しているのは11.1%に過ぎない。
 これは何を意味しているのであろうか。パソコンは初心者にとっては操作をマスターするのは難しい機械である。全盲の人たちにとっては点字をマスターするのと同じ程度の、あるいはそれ以上の努力を必要とするだろう。晴眼者はパソコンを学ぶ手段はいくらでもあるが、視覚障害者はそうではない。巷に溢れるパソコンの入門書や解説書はすべて墨字であり、パソコン教室や講座は視覚障害者に配慮したものではない。「はじめに」のところで述べたように、パソコンが視覚障害者にとって情報障害を克服する画期的な道具であるにも関わらず、その利用が少ないのはパソコンが視覚障害者にとっては使用が困難な機械であること、さらに一般的に所得が低い視覚障害者にとっては高価な機械であることが原因となっていると思う。
 2000年の沖縄サミットで採択された「グローバルな情報社会に関する沖縄憲章」(注7)では「情報格差の解消」に関して次のように述べられている。

 「国内及び国家間の情報格差の解消は、我々それぞれの国民的課題の中で決定的に重要性を帯びるに至っている。誰もが情報通信ネットワークへのアクセスを享受しうるべきである。」
 「社会的に恵まれない人々、障害者及び高齢者のニーズ及び制約に特に注意を払い、これらの人々のアクセス及び利用を促進するための措置を積極的に追求する」

 以上のことから、視覚障害者対象のIT講習会は視覚障害者、特に全盲の人たちの「情報格差」の解消に役立つこと、さらに情報バリアフリーを促進し、視覚障害者の生涯学習の可能性を広げるものと言えよう。

Ⅱ 視覚障害者対象IT講習会の実施状況

 平成13年度に岡山市内で実施された視覚障害者対象IT講習会(以下IT講習会)の中で主なものを取り上げて紹介する。

A 岡山県立岡山盲学校における取り組み

 岡山市原尾島にある岡山盲学校を会場(主催は岡山県教育委員会)にしてIT講習会を実施した。6月と7月は全盲者、8月と10月は弱視者を対象に計4組で、1組について1回3時間の講習を4日間(合計12時間)にわたって実施した。会場は視聴覚室(コンピュータ教室)を利用し、パソコンの台数の関係で募集定員は各組6名(全盲12名、弱視12名、合計24名)としたが、県内各地の視覚障害者の人たちの応募がちょうど定員数だけあり盛況であった。
 講師については一般的なIT講習会では、20名ほどの受講者に対して主指導の講師が1名、補助講師が2名程度という形であるが、受講者が視覚障害者なのでマンツーマンの形で補助講師をつけた。しかし、講師の人数は予算の問題があり、補助講師を増やすということについては県の担当者の理解をなかなか得られなかった。なお、講師は筆者を含めてすべて岡山盲学校の教員が担当したが、この事情について後で述べたい。
講習会のテキストは一般に配布されたIT講習会テキストでは適当でないため、岡山盲学校の情報教育係の教員が独自のテキストを作成して、それを使用した。

B 岡山県視覚障害者協会における取り組み

 岡山県視覚障害者協会では岡山県より委託を受けて、岡山市西古松にある岡山県視聴覚障害者センター等を会場にしてIT講習会を実施した。1回について3名の受講者であったが、パソコンが2台しかなかったためローテーションを組んで2名ずつ指導した。講師については筆者を含めた岡山盲学校の教員がボランティアとして協力し、マンツーマンで指導に当たった。テキストは盲学校で作成したものを使用した。
 津山市においても岡山県視覚障害者協会主催のIT講習会が開かれたが、遠距離であったため講師を岡山盲学校から派遣することができなかった。その代わりに岡山市でIT講習会を受講した津山市在住の視覚障害者が講師となって指導をした。これは学習者が学んだことを生かして指導者として活躍するという点で、生涯学習の広がりにとっても望ましいことであった。

C 岡山南ふれあいセンターにおける取り組み

 岡山市福田にある岡山南ふれあいセンターにおいてもIT講習会を実施したが、上の2例と異なる点は、岡山盲学校の教員ではなく一般企業のパソコン講師とボランティアの人たちが講師を努めたことである。しかし、視覚障害者にパソコンを指導するためには、特別な知識と技能を必要とするため、ただパソコンに詳しいだけでは指導できない。そこで、講師や補助講師となる人たちのために「視覚障害者支援パソコンボランティア講習会」が実施されたが、その講師を筆者が務めた。しかし、短時間ではなかなか指導者としての知識と技能を身につけることは難しく、視覚障害者への指導は期待に応えるものではなかったようである。

Ⅲ 視覚障害者対象IT講習会の実施上の問題点

 一般の晴眼者対象のIT講習会とは異なり、視覚障害者を対象としたIT講習会では施設、備品、講師、テキスト等で特別に配慮しなければならないことがある。次に実践を通して浮かび上がってきた問題点について述べたい。

A 施設

 視覚障害者は晴眼者と比べて移動が困難である。したがって、会場となる施設は公共交通手段の利用の便がよい場所にあること、また施設の内部も教室となる部屋までの移動がしやすいことが望ましい。その点、岡山盲学校および岡山県視聴覚障害者福祉センターは、最寄のバス停から施設までの歩道に点字ブロックが敷設してあり、路線バスに乗ってくれば全盲の人でも何とか自力で会場まで辿り着くことができる。しかし、盲学校のような視覚障害者関連施設は別として公民館等の一般の施設ではバス停から点字ブロックが敷設されていないところが多い。
 視覚障害者が自力で来ることが困難な場合は、家族などに送迎あるいは介助してもらって来るか、タクシーを利用することになる。介助してくれる家族やボランティアが身近にいればよいが、そうでなければ高いタクシー料金を負担しなければならない。

B 備品

 晴眼者対象のIT講習会では、パソコンにプレインストールされているソフトウェアで十分である。しかし、視覚障害者対象のIT講習会ではそれだけでは講習ができない。全盲の人には画面を見ることはできないので、画面の情報を音声で読み上げさせるソフトが必要である。また、ワードパットやメモ帳、アウトルック・エクスプレスのような晴眼者用に開発されたソフトでは全盲や弱視の人には大変使いにくい。そこで、視覚障害者用に開発されたソフトウェアを導入する必要がある。具体的に挙げると、画面を音声化するソフト(PC-Talker)、視覚障害者用のテキストエディタ(MyEdit)、視覚障害者用のメールソフト(MMmail)である。最低限必要なソフトを揃えるのには約43,000円余りの予算が余分に必要である。もちろんこれは1台当たりの導入費用であるから、著作権の問題をクリアするためにはパソコンの台数分のソフトウェアを導入しなければならない。たとえば4台あれば合計で約22万円ものソフト購入予算が必要となってくる。これはパソコンを1台購入できる金額である。(実際にはソフトウェアメーカーによっては、複数購入の場合の割引販売制度を設けているところもある。)
 その点で岡山盲学校では視覚に障害がある児童生徒のために、上記のようなソフトウェアは既に導入されており、IT講習会のために特別に購入する必要がなく都合がよい。しかし、公民館等でのIT講習会用のパソコンには視覚障害者用のソフトウェアが導入されていないため別途購入する必要があり、予算上の措置が必要である。しかし、平成13年度の岡山県のIT講習会の予算には講師謝金や消耗品費(インク、用紙代等)はあっても、ソフトウェアの購入費は含まれておらず、岡山盲学校においても学校の備品購入費で不足分を購入した。
 ところが各自治体のIT講習会担当者には視覚障害者用に必要なソフトに関する知識はほとんどない。そこに地域の視覚障害者の住民からIT講習会開催の要望があった場合に、どんなソフトを必要なのか見当がつかなくて困っていたようである。実際に、いくつかの自治体の担当者から盲学校に対して問い合わせの電話があったり、講師を請け負った会社からの問い合わせもあった。ある自治体の主催した視覚障害者対象のIT講習会では全盲の視覚障害者がパソコンを使用するためには絶対必要な音声化ソフトを使わずに指導したため、受講した視覚障害者の方からは不満の声が聞かれた。

C 講師

 晴眼者にパソコンを指導できる人はたくさんいても、視覚障害者にパソコンを指導できる人は少ない。視覚障害者に教える場合には特別なソフトや操作方法を用いるので、いくらパソコンが詳しい指導者であっても視覚障害者対象IT講習会の講師を務めることはできない。具体的に説明すると全盲の人の場合、音声化ソフトで画面の情報を読み上げさせながらキーボードですべて操作するが、一般的なIT講習会ではマウスによる操作が基本となっている。
岡山盲学校や岡山県視聴覚障害者福祉センターでのIT講習会では視覚障害者へのパソコン指導に関しては専門的な知識と技術をもっている盲学校の教員が指導に当たることができたが、その他の各市町村で実施された視覚障害者対象のIT講習会では必ずしも適切な指導ができる講師ではなかったようである。
また、視覚障害者がキーボードで文字入力をする場合にフルキーでの入力方法以外にいわゆる「6点入力」とよばれる点字方式での入力方法を使うのが便利である。これには点字の知識が必要であるが、一般的には点字のわかるIT講師は数少ない。岡山南ふれあいセンターで視覚障害者対象IT講習会の講師のための研修会を実施したが、その受講者はパソコン指導に関してはプロの人たちと、点訳ボランティアの人たちであった。しかし、前者は視覚障害者や点字に関する知識がなく、後者はパソコンの知識が不足していた。そのため、実際のIT講習会では受講者のニーズに応じた指導ができず苦労したようである。
結局、視覚障害者にパソコンを指導できるためには、視覚障害者の理解、視覚障害者用のソフトの操作方法、キーボードによる操作方法、点字の知識など豊富な知識と技能を必要とするため、現時点では専門的に視覚障害者(児)を指導している盲学校の教員以外に講師の人材を求めるのは困難となっている。

D テキスト

 岡山県作成のIT講習会テキストが岡山盲学校にも数十部配付されたが、その内容は晴眼者対象のものであり、そのままでは視覚障害者対象のテキストとしてほとんど利用することができなかった。特に全盲用のテキストとしてはまったく使い物にならなかった。
 そこで、岡山盲学校においては視覚障害者対象IT講習会のテキストとして独自のものを情報教育係の教員が中心となって作成した。全くの手作りであったので、かなりの時間を使って苦労して完成させた。たとえば、晴眼者対象のテキストであれば図をひとつ描いておけばすむところであっても、全盲の人がわかりやすいように文章によって細かく説明しないといけない。また、全盲と弱視では指導内容が異なるので、それぞれ別に作成しなければならない。提供媒体もテキスト形式のファイル(フロッピーディスク)、拡大文字による印刷、点字による印刷、カセットテープ(点字が読めない全盲者に必要)という4種類のものになった。岡山盲学校作成のこのテキストは結局、岡山県視聴覚障害者福祉センターや岡山南ふれあいセンターなどのIT講習会でも使用された。また、岡山盲学校ホームページ上で公開し、他のいくつかの都道府県のIT講習会でも利用されている。書店に並んでいるパソコンの入門書は晴眼者向けのものばかりで、全盲の視覚障害者が使えるものはない。自作のIT講習会テキストが重宝がられるのは、それだけ視覚障害者のためのテキストが世間に少ないという現状を表している。

Ⅳ 今後の課題

 Ⅲで述べたように平成13年度に岡山県では初めて実施された視覚障害者対象のIT講習会では様々な問題点があった。それでは今後の視覚障害者対象IT講習会に求められるものとは何だろうか。行政の役割、学校との連携、ボランティアの養成という3つの観点から考察する。

A 行政の役割

 社会教育法にあるように社会教育とは住民が自主的な学習ができるように環境を醸成することにある。Ⅲで述べたように、視覚障害者対象のIT講習会実施に当たっては一般のIT講習会と異なりソフトウェア代や講師謝金などで特別な予算措置が必要である。受講者一人当たりの必要経費はマンツーマンでの指導が必要な視覚障害者では多人数での一斉指導が可能な晴眼者に比べて数倍になるだろう。財政難に苦しむ自治体にとっては厳しいかもしれないが、障害者の学習権を保証するためには当然の支出である。
 なぜならⅠ―Aで述べたように、日本国憲法および教育基本法では、すべての国民は能力に応じて「ひとしく」教育を受ける権利をもつ。「障害者や高齢者は、さまざまな障害によって著しく教育を受ける条件が困難となっているがゆえに、その障害の程度が大きければ大きいほど、その条件に対応したより以上の教育条件の整備がなされなければならないという意味であり、それゆえ『ひとしく』とは形式的平等ではなく、実質的平等を意味する文言としてとらえなくてはならない」からである。(注8)
 しかし、視覚障害者用のソフトウェアに関してはいったん導入すれば2回目以降のIT講習会では新規購入費用は不要になる。また、次に述べるように盲学校との連携により、盲学校を会場としてIT講習会を実施すれば、既に視覚障害者に対応して整備されているのでソフトウェア購入費は不要となる。また、講師についても次に述べるようにボランティアを活用すれば財政的な負担は少なくなる。
重要なことは自治体の社会教育(生涯学習)担当者が障害者にとって必要なソフトウェアや講師などについても理解し、視覚障害者の期待に応えるだけの学習環境を整えることであろう。この点がおろそかにされるなら、視覚障害者にとっての「情報バリアフリー」は進まないであろう。

B 盲学校との連携

 岡山盲学校は岡山県内唯一の盲学校として視覚障害者(児)に対して児童生徒の障害に応じた教育を行っている。そこでは視覚障害に配慮した特別な教育を行うための教員及び教育機器が配置されている。社会教育施設がまだ視覚障害者に十分に配慮したものとなっていない現状においては、盲学校と連携して、その教室・設備・人材等を活用することは有効であると思う。
 社会教育法第三条では学校教育との連携について次のように述べている。
「2 国及び地方公共団体は、前項の任務を行うに当たつては、社会教育が学校教育及び家庭教育との密接な関連性を有することにかんがみ、学校教育との連携の確保に努める(後略)…」
 また、学校教育法第八十五条では「学校教育上支障のない限り、学校には、社会教育に関する施設を附置し、又は学校の施設を社会教育その他公共のために、利用させることができる。」とある。これは社会教育のために学校施設を活用するように規定したものである。
 さらに、文部科学省の「21世紀の特殊教育の在り方について~一人一人のニーズに応じた特別な支援の在り方について~(最終報告)」(2001年1月)では次のように盲学校のセンター的機能の充実について提言されている。
「盲・聾・養護学校においては、その専門性や障害に応じた施設・設備を生かして地域の特殊教育のセンターとして、地域の小・中学校や幼稚園等を様々な方法により支援することが必要である。〔中略〕 卒業生をはじめ地域の障害者が情報活用能力を身に付けるための情報教育センターとしての役割を果たすことが期待される。」
 このように文部科学省では盲学校が児童生徒のためだけでなく、地域の成人した視覚障害者のためにも情報教育センターとしての社会教育的な役割を果たすことを求めている。平成13年度に盲学校を会場としてIT講習会が実施されたことは、その先進的な取り組みであると言える。
 盲学校を視覚障害者の社会教育施設として活用することは二つの利点がある。ひとつは、視覚障害教育の専門家である教員を講師として活用できること、もうひとつは、視覚障害に配慮した教育機器や施設を利用できることである。
 今年度、岡山盲学校においては「教育支援係」を設置し、地域の視覚障害者(児)や保護者に対しての学習及び生活に関する支援活動を始めた。今後はIT講習会に限らず、視覚障害者の様々なニーズに対応した生涯学習支援活動を進めていくことが期待される。
 ところで、盲学校との連携における問題点は、岡山県などほとんどの都道府県では県内にひとつしか盲学校が設置されていないことである。岡山盲学校は岡山市にあるので、県南地域の視覚障害者にとっては利用がしやすいかもしれないが、県北地域の視覚障害者にとっては、交通の便が悪く来校が困難である。

C ボランティアの養成

 政府のIT戦略本部による「e-Japan重点計画 – 2002」(平成14年6月18日)の中の「イ)障害者・高齢者のIT利用の促進」では次のように述べられている。
「ITは障害者や高齢者の社会参加を促進するツールであることから、年齢・身体的な条件等に起因するITの利用機会や活用能力に格差が生じることがないよう、障害者や高齢者のIT利用の促進に、十分に配慮する。このため、2002年度から、毎年6件程度以上のバリアフリー型のITが利用できる施設の整備について補助を行う。また、2002年度中に、障害者のIT利用を促進するため、パソコンボランティアの養成・派遣を行う。」
 岡山県での視覚障害者対象IT講習会を実施する上での問題点は、講師の不足ということである。岡山市を会場とするIT講習会では盲学校の教員を派遣することは可能であるが、県北地域となると例えば3時間だけの講習でも往復の時間を入れると1日仕事となってしまい、時間的な制約あるいは旅費の負担の問題もあり盲学校教員だけでは対応できない。小人数の講師が直接的に視覚障害者にパソコンを指導するというのでは限界がある。
 また、視覚障害者がIT講習会を受けても、それだけでは自力でパソコンを使えるようにはならない。全盲の人の場合だと、新しく購入したパソコンのセットアップや環境設定、インターネットの接続設定など一人では困難なことが多い。このような時に自宅まで出向いてサポートしてくれるパソコンボランティアが身近な地域にいればよい。関東や近畿の大都市圏では視覚障害者のパソコン利用を支援するパソコンボランティアの組織化がなされているが、岡山県ではまだ個人的な活動にとどまっている。
 例えば、盲学校の教員が指導者となってパソコンボランティア養成講習会を実施する。これにより県内各地にパソコンボランティアを育て、彼らが地域の視覚障害者の指導に当たったり、さらに学んだ視覚障害者自身がパソコンボランティアとなっていけば次第に裾野が広がっていく。そうすれば県北など盲学校の教員で対応できない地域の視覚障害者にも十分な支援ができる。

おわりに

 視覚障害者にとってIT講習会は必要不可欠なものであるが、それを本当の意味で意義あるものとしていくためには次の3点が必要である。
(1)行政は視覚障害者のニーズを理解して、必要な施設や備品、指導者をそろえるように予算措置を講じること。
(2)行政は学校や民間とも連携して視覚障害者のパソコン利用やインターネット接続を支援するパソコンボランティアの養成を早急に行うこと。
(3)視覚障害者自身がIT講習会で学習したパソコンやインターネットを生涯学習の手段として活用していくこと。
 各自治体は形式的に視覚障害者対象のIT講習会を企画するのではなく、本当に受講者の立場にたって学習環境を整えなければならない。そのために最も必要なものはパソコンボランティアである。身近にパソコンを教えてくれる人がいないために、せっかく購入したパソコンが利用されないままになっていたり、手放したりしまったりする人もいる。また、パソコンや視覚障害者用ソフトが高価であることも視覚障害者のパソコン利用を妨げている理由の一つなので、国及び地方公共団体はパソコン購入費用を公的補助の対象とすべきである。既に視覚障害者用のソフトウェアや点字プリンタ等は補助の対象(岡山市の場合は3分の2の補助)となっているが、パソコン本体はまだ補助の対象となっていない。しかしこれはおかしなことである。パソコン本体がなければソフトウェアや点字プリンタがあっても意味がないからである。
 本レポートではIT講習会についてのみ考察したが、IT講習会が視覚障害者にとっての生涯学習の目的ではなく、すべてではない。IT講習会でパソコンやインターネットを利用することができるようになった視覚障害者の方々がそれを生涯学習の手段として積極的に活用していくことが期待される。
 最後に、ITを活用した視覚障害者の生涯学習支援に関する提案をして本レポートを終えたい。
(1)インターネット上で学習できる市民講座の開設
(2)メーリングリストによる参画型学習の導入
(3)Webページによる生涯学習情報の提供
 視覚障害者が社会教育施設の利用をしない最大の理由は、自宅から会場までの交通アクセスに不安があるためであろう。インターネットによる学習ならば自宅で可能なのでその問題は解決する。
 また、一般の学習講座で墨字による印刷テキストを配付されても、視覚障害者にとっては読みにくい。その点、Webページや電子メールで提供される情報は画像を除き電子化されたテキストデータであるから、弱視の人は画面上で文字を拡大して読むことができるし、全盲の人は文字を音声化して読むことができる。印刷された活字とは違って電子化されたテキストデータは非常にバリアフリーな媒体なのである。
 さらに、生涯学習情報もWebページで提供すれば視覚障害者にとっては利用しやすい。現状では県や市町村の広報誌の点字版によって情報を得ている人が多いが、点字が読めない人は家族や知人に読んでもらうしかない。Webページで様々な情報が提供されれば、点字の読めない人であってもパソコンさえ使えれば自力でその情報を知ることができる。ただし全盲者のWebアクセシビリティ(音声化によって聞きやすい)を考慮する必要がある。
 筆者は来年度までには岡山県において視覚障害者のパソコン利用を支援するパソコンボランティアを組織化したいと考えている。また、視覚障害者の生涯学習を支援するホームページを実験的に開設したいと考えている。

引用文献

注1 http://www.pref.okayama.jp/hoken/shofuku/keikaku/keikakugaiyou.htm(2002年8月23日取得)
注2 高橋正教「『障害者社会教育』研究の方法論的視座」、『中京女子大学紀要』第31号、1997年、p.133
注3 同上、p.133
注4 小林文人・末本誠編『社会教育基礎論』、国土社、1991年、p.147
注5 日本社会教育学会編『現代公民館の創造』、東洋創出版社、1999年、p.277
注6 http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/08/h0808-2.html(2002年8月23日取得)
注7 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/summit/ko_2000/documents/it1.html(2002年8月23日取得)
注8 小林文人・末本誠編 前掲書、p.144

参考文献

生涯学習・社会教育行政研究会編『平成14年度版 生涯学習・社会教育行政必携』、第一法規、平成13年
高橋正教「『障害者社会教育』研究の方法論的視座」、『中京女子大学紀要』第31号、1997年
高橋正教「障害をもつ人々の学校教育以外の学習活動」、『障害者問題研究』第29巻第1号、2001年
小林文人・末本誠編『社会教育基礎論』、国土社、1991年
黒沢惟昭他編『生涯学習時代の人権』、明石書店、1995年
日本社会教育学会編『現代公民館の創造』、東洋創出版社、1999年
海則夫他編『生涯学習と学校』、ぎょうせい、1995年
佐藤一子編『NPOと参画型社会の学び』、エイデル研究所、2001年
白石克己他編『ITで広がる学びの世界』、ぎょうせい、2001年