中途失明と先天盲 竹内昌彦

本校で学ぶ人たちは,見え方に違いがありますが,全員視覚障害者です。その目が不自由になった時期はいろいろで,生まれたときあるいは乳幼児の頃に失明して,ものを見た記憶がない状態を「先天盲」といいます。それでは中途失明というのは,いったいいつ頃,目が悪くなった状態をいうのでしょう。

私は1歳頃に罹った肺炎で弱視となり,0.1くらいの視力で,普通の小学校に2年生まで行きましたが,10歳頃に網膜剥離のため,全く見えなくなってしまいました。私の場合,中途失明というのでしょうか。

一般的には,中途失明という言葉は,二十歳を過ぎて仕事に就き,一社会人として生活していた人たちが,目を患い視覚障害者となって,それまでの仕事ができなくなったとき使われているように思います。

中途失明の人たちに接してみて,次の二つの型があるように思います。一つは「私は中途失明で先天盲とは違いますから」と,何か先天盲よりも中途失明の方が上だと思っておられる人たちです。もう一つの型は,これと反対で,「私は中途失明ですから,先天盲の人たちがうらやましい」と言われます。

先天盲の人からみて,中途失明の人たちをうらやましく思うことがあります。それは目がよく見えるときに,義務教育など学習をすませることができたということです。「百聞は一見にしかず」という言葉がありますが,一度目で見れば簡単に理解できることでも,言葉だけで説明すると時間がかかり,正しく理解できることばかりではありません。空に浮かぶ雲,夜空の北斗七星,雨上がりの鮮やかな虹,鯨の潮吹きやイルカのジャンプ,宇宙から見た地球,そびえ立つ杉の木とその陰,三角関数や対数など,視覚を失った子供たちはどうやって学べばいいのでしょう。そうした事柄を全部頭に納めてから失明しても,それらの記憶は残っていて,これからの人生にも活かすことができるのです。大変な財産です。

一方で,中途失明の人たちには,先天盲の人には分からない衝撃があったと思われます。それまで目が見えただけに,それを失ったときの悲しみ,絶望感,生きていくための仕事を奪われて収入源を失った不安,先天盲の人たちでいうなら,これから両手が切断されること,両耳が聞こえなくなることを想像すれば,中途失明の人たちの苦しみのいくらかは,理解できるかもしれません。

その点,先天盲の人たちは,初めから目が見えないのですから,この障害に慣れ,したたかに生きる方法をそれぞれにあみだし,食事や音楽・読書・スポーツ・旅行など,人生の楽しみ方も知っています。

戦後の日本において,視覚障害者の福祉は,めざましい進歩を遂げました。視覚障害者の運動団体を組織し,リードしてくださった人たちの多くは,傷痍軍人など中途失明の人たちです。目が見える頃に学び取った知識や技能をこれからの人生にも活かして,さらに視覚障害者の福祉を育てるリーダーとなってくださることを願っています。